ほどほどに頑張ってみる

直腸癌ステージIVの闘病記(備忘録)

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5年

5年前の2011年6月2日に大腸内視鏡検査を受け、病理検査の結果を待たず、その場で直腸癌の告知を受けた。

とりあえず5年生存クリアかな?

まだまだ先は長いのか、そうでないのかは今の時点では分からないし、考えない。

今後、どんなことがあっても受け入れられるし、状況に合わせて柔軟に対応し焦らず乗り越えていくという考え方に変わりはない。

“決して無理をしない”


自分が未だ生きていられるのは、優秀な医療とそのスタッフ、支えれくれた家族、励まし応援してくれた友人たちとか多くの方々に助けられたおかげだと実感している。

本当にありがとうございます。

そしてこれからも宜しくお願いします。

まだまだ頑張れます。


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  1. 2016/06/02(木) 09:37:10|
  2. 直腸癌
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癌は遺伝性?

癌は遺伝するのだろうか?

私は42歳で直腸癌に罹患した。しかも既に他臓器(肝臓)へ転移した状態で見つかっている。

父は55歳の時、結腸癌で手術をした。
かなり発見が遅くて腫瘍が大きく腸閉塞を起こしかけていた(間もなく起こした)ことから担当医は手術不可能の診断をしたようだが、県内の大学病院から来ていた若い医師が手術を引き受けてくれたと聞いている。もう15年近く前のことだ。
手術では結腸を30cm切って腫瘍の大きさは直径5cmもあり、リンパにも転移が見られ2個ほど切除したと聞いた。
当時、家族や親戚の誰もが「もうダメかもしれない」と思っていた。それが運良く、その後の転移が全く見られず今現在70歳で元気に働いている。
普段から多少具合が悪くても会社に行くような人で、若い頃は残業が200時間/月をゆうに超えていたそうだ。私の見舞いに来てくれた時も「明日仕事で休めないから」と言って顔出し程度で帰って行った。所謂“何より仕事が大事”な人間である。
私が父に「直腸に癌が見つかった」と報告した時、「何故、もう少し早く検査にいかなかったんだ!」とかなり怒られたが、まさに「お前が言うな!!」と思った。

また父と妹には扁桃腺に腫瘍があり、妹のはやや大きくなり“悪性とは言い切れないが、黒に近いグレー”と言われたらしく数年前に切除手術を受けている。父は放置。私も前々回のCTの際「扁桃腺に影が見られるがそれ程大きいものではないので、しばらく様子を見ましょう」と言われ、父と妹の話をしたら「じゃあ、大丈夫でしょう」で終わった。

父方の祖父は胃癌、母方の祖父も若くして胃癌で命を落としたと聞いている。二人とも私が産まれる前に亡くなっている。

これらを担当医に話したら「消化器系の癌になる家系ですね」と笑われた。
  1. 2013/02/12(火) 23:42:31|
  2. 直腸癌
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サプリメント

この病気になって周囲が気を遣ってくれるようになり、良い病院から民間療法まで色々と教えてくれた。
その中で気になったものにサプリがある。

プロポリス
会社の同僚で自転車仲間から紹介を受けた最初のサプリ。後に自分で色々と調べ、山田養蜂場の“プロポリス300”を購入。
飲んだ後、独特な匂いが胃から上がってくるのが気になる。

レスベラトロール
ポリフェノールの一種だったと思うが、何だか良さそうだったので山田養蜂場の“レスベラトロール プラス”を購入。

ノニジュース
妻がご近所さんの紹介で買わされて買ってきた。タヒチ産で高価なものらしいが、ネットなんかで見ると臨床データが殆ど無く「タヒチの人はこれを飲んでいるから元気です」程度のもので不味いし胡散臭いから即止めた。

フコイダン
ネットでよく見かけヤクルトで扱っていたので頼んでみた。無くなり思い出したらリピート。不定期購入。

黒酢
母が勝手に“えがおの黒酢”を定期購入したようで、毎月送ってくる。何に効くのか不明だが、取り敢えず飲んでいる。

にんにく卵黄
こちらも同じく母から。“えがおのにんにく卵黄油”

ビタミンC
化学療法を始めた頃から徐々に指間接の黒ずみ(色素沈着?)やシミが確認されるようになり「シミやソバカスにはビタミンCだろ」ってことでタケダのものを購入し飲んでいるが、お陰でかそれらしい色素沈着は今のところ見当たらない。サプリの中で、最も効果が体感できている。

冬虫夏草
実家は福岡という土地柄、韓国旅行が国内より安いため母が良く行っているらしく、韓国で買って送ってくる。金色の容器で何故か“SAMSUNG”の表示がある。韓国語と日本語の併記なので、日本人向けの土産なのだろう。何に効くのか不明だが有り難そうなので、取り敢えず飲んでいる。

アロエベラ
これも母が買って送ってきたので1ヶ月ほど飲んで消化したが、さすがに不味くてリピートは断った。ヨーグルトやシロップ漬けのようなものを想像していたが、かなり青臭いジュースだった。
実家に帰った時、縁側がアロエベラの鉢植えで埋め尽くされていたのがちょっと恐怖。
そう言えば97歳で亡くなった祖母が、キダチアロエの葉を毎日のように食べていた。ちょっとかじったことあるが、苦くて「これじゃ、虫も食わないな」と思った。

R-1
説明不要の明治ヨーグルトで、昨年はインフルエンザ予防に効くとかで品薄になって入手困難。
もう亡くなってしまったが、私と同じ大腸癌&転移性肝腫瘍で闘病されてた会社の同僚の奥さんからの紹介。
通常のものとドリンクタイプを、その時の気分によって買うことにしている。

ヤクルト400
代田博士が大腸癌予防のために研究してできたのがシロタ株(ヤクルト菌)って聞いたことがあるので配達してもらい飲んでいたが、R-1に変更。

これらをネットで調べると「抗癌作用」「癌に効く」「癌が消えた」など見かけるが、この謳い文句は眉唾どころかほとんど信じてはいない。
私は、既にできてしまった癌は切除する(もしくは焼く)意外に根治はしないと思っている。高価で保険適応の認証薬ですら根治できず延命にしかならないのに、サプリ程度に抗癌効果は期待してはいない。

だけど、根治できたり5年後に生きていたら「紹介頂いたあれのおかげです」と言うことにしている。
  1. 2013/02/10(日) 23:25:31|
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生命保険とか

生命保険や高額医療費制度など

生命保険は就職した1995年に契約し、結婚や子供が産まれた時などに内容の見直しを行ってきた。
最初は11,000円/月だったが、最終的には24,000円/月ほど支払っていた。
しかもこの金額は50歳までで、それ以降65歳まで同条件なら65,000円/月になるところだった。
「だった」と言うのは、今は生命保険の支払いは行っておらず、免除されている。
“3大疾病となったら、以降の支払いは免除”なる特約を付けていたためで、条件変更しなければ42歳から65歳までに約14,000,000円支払う予定だった掛け金が0円となった。

保険内容としては、3大疾病を意識したものにしていた。
がん入院特約として入院は25,000円/日(1日目からでもOK)なので、2週間の入院で他の特約と合わせ400,000円以上の受け取りとなった。
3大疾病の診断で2,000,000円/回(再発あれば最大5回計10,000,000円まで受け取れる)。
ちょっと後悔しているのは、これが5,000,000円を初回の1回きりと迷って変更したこと。条件として再発や転移は2年以上経過してからでないと対象とならない。そんなに都合良く発病してくれないだろうし、何度も再発・転移されては身体がもたない。
ちなみに死亡は54,000,000円としていた。

2,400,000円以上と多額の受け取りをしたが、今後の癌の治療を考えると、このくらいは必要になると思われる。
既に入院と手術で130,000円の支払い。
仮に治療に毎月40,000円ずつかかったとして、5年間でちょうど24,000,000円となる。

日本の医療制度は世界でも群を抜いて優秀だと聞いたことがあるが、今回の“高額医療費制度”でそれを実感できた。
入院と通院が別になってたり、疾患ごと20,000円/月以上かからないと対象とならない。また毎月1日から月末までの集計なので今回のように月を跨ぐとそれそれ計算され高くなってしまうなど改善して欲しい点はあるものの、月ごとではあるが上限設定されるのは有り難いことである。

“金の切れ目が命の切れ目”とはならないようにしたいし、治療に高額な費用がかかることで妻や子供たちに負担をかけたり生活の質を下げたりすることがないようにはしたいと思う。
  1. 2013/02/08(金) 23:40:53|
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入院生活

「痛いってことは、生きてるってことだな」とガラにも無いことを考えていた。
わずか3cmの傷口でも腹筋を切っているので、ちょっとでも腹筋を使うような動きで激痛が走る。

2011年6月23日、手術の翌日、病室に戻ってからは痛みとの戦い。「しばらくは動かずじっとしていよう」と思っていたが、動かないと治りが遅くなるらしく、腸の動きが悪いままだと腸閉塞を起こすこともあると脅された。最低でもトイレは自分で歩いて行くしかないようだ。一応、尿瓶は準備されていたが使うのは何だか屈辱的な感じがし「意地でも使うもんか」と決めた。
2〜3日は食事が取れず飲める水も1日に500mlまでで栄養は点滴から、その点滴で水を身体に入れているわけだから当然のようにトイレが近く、1時間に1回以上のペースでトイレに行く羽目となり、その度に2〜3分かけて立ち上がり、点滴台を杖代わりにそろそろと歩く。
ドレインが腹に繋がり、黄褐色の体液が出てきて透明な容器に溜まる。ドレインのホースが結構太く、それが腹に刺さっているのがとても不気味で、「何かの拍子に抜けたら腹から血が噴き出すのか?」と妄想。
暇つぶしにiPodで音楽を聴きながら本でも読もうと決めていたがそれどころでは無く、23〜25日の3日間はロッカーからそれらを出すことさえできずトイレ以外はひたすらじっと寝ていた。
4人部屋はベッドのリクライニングが手動で、屈んでハンドルを回さねばならず、身体の状態からは当然無理。1日2,100円の2人部屋以上は電動だったので、ちょっと後悔。
ボタンを押すと痛み止めが点滴でながれる装置を付けてもらっていたが、使うことを忘れるほど痛く1回しか使わなかったら不要と判断され、翌24日には外されてしまった。

6月25日の昼だったと思うが、術後初の食事が出た。米粒が無く片栗粉を湯で溶いたような粥とおかずはよくすり潰した離乳食状態。腸の動きが今一だったこともあり、しばらくして嘔吐して、まだまだ点滴のお世話に。

日にち薬とは良く言ったもので、6月26日あたりから傷の痛みが随分と和らぎ、起き上がったり歩くのも楽にできるようになった。
点滴はまだ腕に挿されたままなので着替えは手伝ってもらうが、それ以外のことはほぼ1人でできるようになった。
まだ風呂はおろかシャワーすら使えないので頭がべたついて気持ち悪い。

6月28日、ドレインから体液がほぼ出てこなくなったので外してもらえることになった。太いチューブなので麻酔して外すのか?と思っていたら、ハサミのような器具だけで特に痛みも無くあっと言う間に外れ、今までの心配は何だったんだと拍子抜けした。
でも、これでシャワーが使えると思うと嬉しかった。早速、点滴付けたままで1週間ぶりのシャワーですっきり出来た。
その後、傷口に貼ってあった透明なテープも剥がしてくれたが、傷口に縫った後が全く無いのに驚いた。ホッチキスとか良く聞いていたし、古い地図記号の線路みたいなのを予想していただけに意外だった。よく見ると臍の傷口から釣り糸のような透明な糸が5mmくらい出ていたので、裏から縫っているのだろうと思っている。

26日から再開した食事も段階的に米の量が増え、おかずも普通のものになっていった。

毎日のように誰かがお見舞いが来てくれ、嬉しかった。ただ病院としては多過ぎたようで、看護師から「あまり多いと疲れるので、お見舞いは少しお断りしましょうか?」と言われた。

7月1日(金)には退院できると言われたが、会社には2週間で7月4日(月)まで有休の申請をしていて保険のこともあり週明けの7月4日まで置いてもらうことにした。
この頃にはスキップできるまで回復していた。

7月4日に退院。入院時に“健康保険限度額適用認定書”を提出していたため、会計では13万円程度で済んだ。無かった場合は50万円近く払うところだった(後で返ってくるので結局は同じだが)。96,080(6月分) + 33,470(7月分)

生命保険や高額医療費制度にはかなり助けられた。
  1. 2013/02/07(木) 23:39:55|
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